流山のバランスある発展に「農業」をきちんと位置づけ支援したい!

自然・環境

昨日3月29日は、「ふるまぎの里山と農地再生に向けて」というシンポジウムに参加した。

当ブログでもお伝えしているように、流山市の古間木は、市内唯一の谷津という地形が残る場所。多様な生物が暮らし、流山市みどりの基本計画でも、ここは環境保全を取り組む地区として指定されている。しかし、この古間木地域の姿が、いま大きく変わっている。

農地委員会の許可を得て、この地域の田が埋め立てられ、芝生畑になるとのこと。しかし、試験的に小さな区画で芝生のようなものが植っているものの、約1年経った今でも、この土地全体は芝生畑になっていない。何が起きているのか?

1年前、そんなこの流山市唯一の谷津を含めた里山と多様な生物を守りたい!と有志が集まり「ふるまぎ里山ミュージアムを実現させる会」が発足した。その皆さんたちが、今回のシンポジウムを企画・運営された。

第1部では、4人の方からのお話。

松澤聡さん:

ホンダを定年退職後、埼玉県小川町で「大豆のある暮らしの会」を主宰。収穫した大豆から、味噌や納豆を作るなど、活動が広がっている。会員も増え、畑も近隣の農地へとどんどん広がっている。

小野内裕治さん:

リクルート勤務後、2009年より、西深井で、えか自然農場を運営。現在、畑3.9ha、田0.2ha。有機栽培を行い、年間約60種類の野菜を栽培。地下水をきれいにすることを目的として有機農業を実践。障がい者雇用を進め、農福連携で運営。スターバックスとも連携し、雑草の予防や土中菌の増殖のために、コーヒー粕を畑に使用している。

岩根宏さん:

元教員。2011年に流山お田んぼクラブを立ち上げる。親子でお米づくりを開催。現在、スタッフ12名。地域の農家さんとの連携により、「前ケ崎気まぐれ市」を開催。現在では、人気があり、定員をかなり上回る応募があるほど。流山FCとも連携。群馬県の酒造さんと連携して、生産したお米で日本酒「流れる山の赤城山」を生産し、2年目に入る。

3人とも、以前はサラリーマン。現在では、仲間の皆さんと農業を楽しみながら農業を実践していらっしゃる様子が伝わってきた。とはいえ、「農業だけでは、生業としては成り立たない。」という共通のご意見も。シンポジウムに参加された地元農家さんも、同じ意見だった。そこが難しいところだ。

上田からは「行政が、どんな支援ができるだろうか?」と質問。

ー農家は、互いの情報交換がなかなかない。行政が入って、情報交換や情報の共有、協力ができる環境を整えてはどうか。

ー農林水産省が推進する「緑の食糧戦略」で、有機農業を進めようとしている。国や県の予算をうまく流山に(予算を)入れていったらいいのではないか。

ー学校給食など、確実に農家が売れる場所を提供してはどうか。

といった意見があった。

その通りだと思う。私自身、若い農家さんなどからも話を伺うことがある。現在、流山の農家を集めた会議なども始まっているようだけれど、流山市は、本気で、都市農業の再生を図っていく必要があと思っている。

昨今の米騒動のために、日本国内だけで食糧を自給できないことの怖さを感じたのではないだろうか?主食さえ守ることができていない。

一方で、現在の農業は、苦労の割に収入が低い。私の祖父も、夏休みに帰省した時、毎日、朝から田んぼを見てまわって作業していた姿を見て育った。現在では、兼業農家として、従兄弟が田畑を守っている。知識も経験も勘も日々の作業の積み重ねや一つ一つの丁寧な作業も重要。自然が相手の農業は、簡単ではない。一方で、だからこそ、農業はやりがいのある仕事だとも言えるだろう。

流山市は、現在も、できるものできるもの、みな家・アパート。うちのマンションの横にも、アパート。そして、もう一つアパートが建つ。

流山は、流山自体が人口増加し、東京というマーケットも近い。有機農業という健康と環境に配慮した都市型農業を実践することができる位置にあると思う。やり方によっては、大きなポテンシャルを持ち得る。

流山のバランスある発展に「農業」をきちんと位置づけ支援したい!

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