今年も東日本大震災が起きた3月11日がやってきた。15回目だ。
14時46分。
あの時のことを思い出しながら、家族で黙祷をする。
2歳だった息子は17歳に。嫌がられても、あの頃、何が大変だったのか、ミルクのための水の確保のために走り回ったこと、保育園では外遊びができなかった日々、西日本産の食料を探した日々。だから、当時の子どもたちのために、今も甲状腺検査を実施し続けていることを伝える。「わかっているよ。」と言われても。
今日のNHKニュースでは「事前復興」を強調していた。起きてから対策をするのではなく、事前に予防・対応しておくことの重要性だ。
東北地域ほど大きな被害はなかった流山市だが、「事前復興」はしっかりできているだろうか。我が家も含めて、標高が低い地域がある流山市。津波の被害もないとは言えない。
流山市は、例えば浸水被害の予想についての資料をパンフレットで用意しているが、住民に浸透しているとは言い難い。私の近所の人たちは、ほとんど知らない。
「関係者」は一生懸命やっていても、「一般の市民」に浸透していないのだ。その「一般市民」をどう巻き込んで備えるかが大切だ。市長がリーダーシップをとって、さらにしっかりと防災、事前復興に取り組んでいく必要がある。
また今なお、東日本の復興が進んだと言えないのは、原発事故があったからだ。このことを忘れてはならない。原発事故さえなければ、東北地方の復興は、現在相当に進んでいたのではないか。
東日本大震災から15年経った今でも、「原子力緊急事態宣言」は解除されていない。原発事故のために避難し、自分の住んでいた町に帰還できていない人も多くいる。この現状を知っておく必要がある。
そんな中で、日本は、昨年2025年に、閣議決定した「第7次エネルギー基本計画」において、事故後ずっと記載していた「原子力依存度の可能な限りの提言」という文言を削除し「最大限の活用」へと大きく方向性を変更した。
それでいいのか?
奇しくも、今、中東からの原油供給が厳しい状況が生まれている。だから「原子力」でいいのか?
核のゴミの処理する場所や方法もいまだに見つからない。地震大国である日本の地盤の弱さ。実際に原発事故を引き起こしてしまった原子力規制の甘さ。事故が起きた時の被害(健康、生活、補償等)の大きさ。海岸線沿いにこれだけ多くの原発が配置されていることは、安全保障上も極めて危険で無防備だ。
現在、福島原発事故によって建屋内に残された燃料デブリは約880トン。うち、現在取り出せた量は0.9g。これでいつか、全てを取り出せると考えるのは、どうかしている。もう、現実的な判断をすべきだ。チェルノブイリのように、石棺でかため、対応技術の開発・進展を待つしかないのではないか。もっと現実的に、現状の技術レベルと費用対効果を考えるべき時だと思う。
そして、国レベルだけでなく、自治体からも、エネルギー政策について検討し、実行することが重要だと思う。
3月11日が引き起こした出来事や悲しみを忘れず、その悲しみを生み出したものの原因をしっかりと捉え、事前予防・復興を前に進めていくこと。それが3月11日を思い起こすことの役割であり、弔いだと思う。



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