4月21日付のブログで、電気・ガス代への支援が必要だと書いた。先ほど、ニュース速報で、7月から国が電気・ガス代の補助を行うというニュースが入ったので、お伝えしておきたい。この措置は当然のことで、有権者としては、参議院選挙での判断材料にはならないとお伝えしたい。また5月22日からガソリンについても10円/L補助されることになるようだ。
今日は、息子と映画「ノー・アザー・ランド〜故郷は他にない」を観てきた。久しぶりに、観終わって気が滅入る映画だった。
ノー・アザー・ランドHP:

パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区ヘブロン県マサーフェル・ヤッタで起きたことを記録した映画。パレスチナ人ジャーナリストのバーセルとイスラエル人ジャーナリスト・監督のユヴァルの友情と苦悩と共に描かれている。昨年の第97回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞。その後、共同監督の一人、バラール(映画には出ていない)がイスラエル軍に拉致され、その後解放されたことも報道されている。
彼らの焦燥の源は、世界の無関心。イスラエル軍が、「軍の訓練所とした」として、パレスチナ人の家を、学校を破壊していく。時に抗議する住民を発砲し、逮捕し、大型重機が家を学校を破壊していく。
女性や子どもが昼働き、男性は夜働き、イスラエル軍がいない夜の間に、学校などを建てていく。パレスチナ人たちの抵抗の知恵。しかし、子どもたちがどんなことがあっても行くことを楽しみにしている学校は、イスラエル軍の重機で壊されていく。学校は、子どもたちの、それを支える大人たちの希望の場所。その学校を壊すことは、子どもたちの、大人たちの魂を壊すことだと感じた。
マサーフェル・ヤッタのことは、以前、映像で見たことがある。しかし、私自身の認識の甘さを痛感した。「マサーフェル・ヤッタで起きていることは、イスラエルが各地で行なっていることの一つでしかない」と、どこかで思っていた自分を今回の映画を観て痛感し、情けなくなった。
1軒の家が破壊されることが、どれだけの痛みを伴うものなのか、井戸をセメントで埋められ、水道管を破壊され、そこで暮らせなくされてしまうことが、どんなことなのか。そのことへの自分の想像力が、パレスチナについては、「なぜか」麻痺していたことに気づかされた。なぜか?
以前、エルサレムを旅した。当時、ともに国際人権法を学んだ友人がヨルダンでUNHCR職員として活動しており、彼女を含め総勢4人の女性たちでエルサレムを旅した。緊張しつつも、女性4人の旅は楽しい。滞在時、新聞はテルアビブでバスが爆発した事件を報じていたが、エルサレムはとても静かで平和だった。その対比がとても不思議に感じられた。
私たちは、12月24日を生誕教会で過ごし、聖墳墓教会なども訪ねた。のんびりと死海に浮かぶこともできた。パレスチナへの入植に反対するイスラエル人団体のデモにも行き、イスラエル人の中にパレスチナ人と連帯する人たちがいることを知ったことは大きかった。食事も美味しい。イスラエル人の入植地も、もちろん見てきた。入植地はきれいな街だった。
しかし、あの時は、まだ良かった。その後、イスラエル人の入植が活発になり、マサーフェル・ヤッタをはじめ、各地で、パレスチナ人の家が破壊され、村が破壊され、イスラエル人たちが入植していった。銃や暴力を伴って。
ブレア首相が7分だけ視察にきた。7分。7分で何がわかるのだろうか。印象的だった。しかし、ブレア氏が訪ねた所だけは、破壊を免れたらしい。
この小さな村の惨状をネットで発信し続けているバーセルとユヴァル。しかし、世界はなんら反応しない。100年以上住み続けてきた村を奪われていく苦悩を知ろうともしない。私もその一人だ。
パレスチナ人と連帯し、イスラエルの人権侵害を糺していこうとするイスラエル人は確かにいる。ユヴァルもその一人。しかし、パレスチナ人たちは、ユヴァルを「ユダヤ人」としか見ず、疑い、信じられず、敵視していく。ユヴァルや映画制作スタッフのラヘル(画面には出ない)らは、辛かったことだろう。
しかし、この映画が撮られたのは2024年10月7日以前だ。そのことを知ってゾッとする。今、どうなっているのか。ガザ地区はもちろんのこと、西岸地区で起きていることも、きちんと知っておかなければならない。
今、イスラエルで、元モサド長官や元軍人、予備役兵らが停戦を求める公開書簡に署名している。ある予備兵は「この政権の元では制服を着ない」と上官にも伝えたという。
フランス政府は、近くパレスチナ国家承認すると発表している。日本政府は、パレスチナにこれまで人道支援を積極的に実施してきた国でもある。そのことを私は評価している。しかし、パレスチナ国家を承認していないし、その予定も聞かない。しかし、国際社会がパレスチナを国家承認し、2国共存していく、極めて不安定であっても、共存していくことしか道はないと思う。
加えて、日本人の赤根智子氏が所長をしている国際刑事裁判所にもっと人材と予算を注ぎ込み、戦争犯罪を戦争犯罪として判断し、処罰する体制をつくっていくことだ。これこそ、日本政府が先頭に立ってやるべきことではないか。ネタニヤフ首相やプーチン大統領など、国際刑事裁判所が逮捕状を出している人物がのうのうと国境を越えて移動できる現状を許してはならない。
先日、ネタニヤフ首相は、「自分がドイツに行っても逮捕されない」と豪語した。やってみろと言いたい。600万人以上のユダヤ人を虐殺した罪の意識をもち続けているドイツを小馬鹿にしている。ドイツ司法界は、そんなに柔ではない。過去の事実を認め、悔い改めることと、現在起きている罪を問うことは全く別のことだ。私が明確なのだから、ドイツ司法界が明確でないわけがない。
私は、個人的に、学生の頃から、ユダヤ人の歴史について関心をもち、各地を旅し、本を読み、考えてきた。自分達の民族がされた虐殺をなぜ、今度は自分達が加害者となって平気でできるのか。今、モサド元長官らも、ネタニヤフ首相とネタニヤフ政権が行なっている無意味で加害的な戦争継続によって、イスラエルが国際社会から孤立し、イスラエルの未来にとって間違った判断であることを指摘しはじめている。今、イスラエルがガザ地区で行なっていることを批判することは、反ユダヤ主義ではない。自らの民族が受けた屈辱を例え選ばれた民族であろうと、他の民族に行うことは許されないのだということを本当の友人なら伝えることだろう。
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