映画「WARFARE」を観て、流山からイラン戦争を考える。

国際政治

柏のキネマ旬報シアターで「WARFARE」を観た。

(ネタバレあり)

この映画は、アレックス・ガーランド監督が、この映画が描くイラク戦争での作戦を生き残ったレイ・メンドーサ氏を共同監督に迎え製作された。演じた俳優たちは、特殊部隊の訓練を受けて、動きを体得したという。残された数枚の写真と作戦に参加した兵士たちへの聞き取りによる記憶を基に製作されている。

想定していた作戦や動きとは全く違う「想定外の事態」が起きる。精神的限界の中で、いつもならできることができなくなる。訓練を受けてきたはずなのに、手が震えて止血帯を結ぶことすらできなくなる。小さなミスが大きな結果を伴って返ってくる。これが戦場の現実「WARFARE」なのだろう。アメリカ社会では、ベトナム戦争含めて帰還兵の問題が社会問題になっているが、PTSDになるのは当然だと思うほど過酷な戦場だ。

イラク撤退時に問題となったイラクの米軍協力者たちは、身代わりにされ命を失う。一方で、米軍の重傷者は見捨てられることなく帰還する。仲間を見捨てない。先の大戦で多くの兵士たちを失った日本軍と対照的だ。

指揮官は、想定外の事態、重傷者を出した精神的プレッシャーの中で、指揮を執ることができなくなる。援軍の指揮と機転によって、イラク人兵士以外は何とか帰還する。帰還できたから、映画の最後で、重傷を負ったエリオットが、車イスで製作現場を訪問する様子を観ることができた。仲間が彼を助けたからこそ、今の彼の人生がある。

これだけ恐ろしい戦場を生き抜かねばならなかったイラク戦争は、今では「開戦の理由だった大量破壊兵器の存在は、フェイクだった」ということが明らかになっている。パウエル国務長官が国連で行った演説を覚えている。しかし、この情報は捏造されたもので、大量破壊兵器など存在しなかった。そして日本は「イラク特措法」を成立させ、アメリカに協力したことも覚えておかなければならない。そう、フェイクだったのだ。そのために、どれだけの人が死に、人生を狂わされたか。それが辛い。

そして、映画ではなく現実。

トランプ大統領は、「イランと交渉しており順調だ」とまで語っているが、当のイランは交渉の存在を否定。イランの軍広報官からは「フェイク・ニュース」「自分と交渉しているのではないか」とまで言われる有様。怖いのは、トランプ大統領は、側近から事実を知らされていないのではないかという疑いだ。

そして、今、議会へ何の説明もなく、地上部隊の派遣の動きが出ている。間もなく米議会は2週間の休暇に入る。そんな中で、第82空挺師団約1000人を派遣する動きがある。これは、カーター大統領が、政治的・戦略的代償の大きさを踏まえて見送った作戦だという。

先日、当ブログでお伝えしたように、沖縄から約2500人の第31海兵遠征部隊(31st MEU)が、強襲揚陸艦「トリポリ」(長崎県佐世保基地)とドック型輸送揚陸艦「ニューオーリンズ」で、中東に向かっている。この事実を私たちは、どう判断するか?日本の国会は議論さえできていないのではないか?

先の太平洋戦争で、日本は、シュミレーションで「勝てない」という結果が出ていたにもかかわらず、戦争へと突入し、実際戦争に敗けた。(というか、シュミレーションしなくてもわかりそうなものだが。)

今回も、米軍は様々なシュミレーションをしたが、どれも勝てなかったとも言われている。さて、無能な側近を周囲で固め、自ら政治的軍事的知識ももたず、薄っぺらな思考の中で戦略も計画も着地点も検討できず、イランの国力を見誤った最高指揮官が、自らの体裁を繕って、どう着地できるのか。

このアメリカの現状を見ながら、私たちは、自分たちが権力を委ね、判断を委ねる政治家たちを真剣に、慎重に選ばなければ、自国のみならず世界に、これほどの破壊的な現状を引き起こしてしまうことを肝に銘じなければならない。それは、国だけでなく、自治体もまた同じだ。

何とか地上軍の投入が回避され、この宣戦布告なき戦争、大義なき戦争が早期に終結することを強く願うしかない。

イラン、アメリカ、イスラエル、どの国の兵士たちにもWARFAREの再現は必要ない。

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