今回、祖父母等と子どもの交流が申し立てられることになったことは、すでに当ブログでお伝えした。このことを知って、私には、思い出すご夫婦がいる。
政策秘書として働いていた頃、Fさんのご紹介で、Xさんご夫婦のお話を伺ったことがある。最愛のお嬢さんを亡くされたのだが、そのお嬢さんのお子さん、つまりお孫さんに会うことができないという。Xさんのお孫さんは、ちょうど私の息子と同じ歳。当時「保育園に行っていたお孫さんを園の外から眺めるしかない。」ともおっしゃっていた。
当時は、祖父母の面会は保障される対象ではなかったので、法的にはどうしようもなかった。議員にも相談したが、「なんともし難い」とのこと。Xさんだけに何かできることもなかった。
私は、再びXさんご夫婦にお会いし、何もできないことを伝えるしかなかった。その時に、Xさんの奥さんが「しかたないです。でも、こうやって涙を流して、私たちの話を聞いてくれる方が永田町にいらっしゃったということだけでも、少しは気持ちが晴れます。」とおっしゃっていただいた。この言葉を今でも覚えている。
本当に、私には、話を聞くことしかできなかった。何か問題があった時には、必ず何かしら動くようにしていたのに、この時は、全く何もできない自分に、強烈な無力感を感じた。そのことをずっと覚えていた。
実は、今回資料を読みながら、ずっとXさんのことを思い出していたので、ご紹介いただいたFさんに再びご連絡し、Xさんご夫婦と話をすることができた。
最初は、驚いていらっしゃったが、すぐに思い出していただけた。やはり、その後も、お孫さんと会うことはできておらず、遠い便りに、ほんの少しの近況を知るだけのようだ。話を聞いていても、聡明なご夫婦だった。現在では、自分のお孫さんには何もできないのでと、地域のお子さんたちのために活動していらっしゃるという。
私の話を聞いて、少し動いてみるとのことだった。離別が、今回の改正以前でもあり、簡単ではないかもしれないけれど、少しでも、お孫さんとの距離が近くなればと願っている。どうなったかについて教えていただけるということなので、Xさんご夫婦以外の方にも資するよう、その後の動きについて、このブログで、皆さんにお伝えしたい。
Xさんによると、私と面会したのは、16年前のことだったらしい!「よくぞ、覚えていてくださった。あの時に、永田町で、話を聞いてもらうことさえできなかった中で、涙を流して話を聞いてくださったことを覚えている。」と奥様がおっしゃってくださった。
あの時のこと、経緯の詳細を思い出すと、今でも涙がでてしまう。まだ、きちんとお孫さんとの交流が確保されたわけではないので、なんとも言えないが、祖父母の孫との交流についての法的環境がここまで進んだことは、非常に大きなことだと感慨深い。
Xさんご夫婦と話しながら、あの時の無力感へのリベンジがほんの少しだけできた気がして、嬉しかった。なんとか、Xさんご夫婦が、お孫さんとの交流が始まり、お嬢さんのこと、お嬢さんのお孫さんへの想い、Xさんご夫婦のお孫さんへの想いが伝わって、お孫さんとの関係が再構築されてほしいと切に願うばかりだ。


コメント