昨日6月4日から、流山市議会令和8年第二回定例会が開会している。昨日は、流山市長から市政に関する一般報告が行われた。
この中で、当ブログでも何度か取り上げてきた「流山市立幼児教育支援センター附属幼稚園(以下、「附属幼稚園」とする。)」を閉園することが市長から表明された。
この件について、数回にわたるだろうが、市民の皆さんにお伝えしたい。
●市長は市民との議論から逃げている。
私は、附属幼稚園閉園に関する流山市の説明会に何度か出席している。保護者をはじめ、多くの方が、自分の子どものためではなく、「これほど必要とされている幼稚園が、なぜ閉園されなければならないのか?」について、「納得する答え」を求めていた。
説明会には、教育委員会の職員が出席していたが、閉園ということに責任をもつ市長や副市長、教育長の出席は一度もなかった。そのため、市民が質問しても「持ち帰る」だけで、「建設的な議論」が成り立っていない。
附属幼稚園は、江戸川台幼稚園の頃から長きにわたって、この地で、地域の皆さんに支えられながら存続してきた幼稚園だ。その附属幼稚園を廃園にするなら、それを決定した人たちは、市民の疑問に答え、誠意を尽くして説明すべきではないか。加えて、閉園「決定過程」についても、極めて問題がある(別途、お伝えする)。
それをしないというのは、責任から「逃げている」からだ。井崎市長も、石原副市長も、吉田教育長も、大切なところに出てこない。
数回、形だけの説明会をやればいいというものではない。
形だけパブコメすればいいというものではない。
市民の意見を聞くとはどういうことなのか?
形ばかりで、まるでわかってない。
説明会では、出るべき人が出ないため、市民の疑問に答えを用意できていないのだから、一方通行な説明でしかなく、議論になっていない。全くもって、これは民主主義ではない。
いじめ重大事態も、飛地山問題も同じだ。何度も「市長と話をさせてほしい」と言っても、市長は出てこなかった。
いじめ被害者の保護者は、イベントで市長に会ったので、話を聞いてほしいと直接訴えても、出てこなかったという。
逃げている。
市民を納得させるような、まともな説明ができないからだ。
議論から逃げる市長を市長と言えるのか。
すでに慧眼をもつ市民は、このような市長の力量に気づいている。
づづく。


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