津久井やまゆり園での起きた、入所者19名の方たちが殺害され、職員を含む26人が重軽症を負った事件から、今日で10年が経つ。亡くなった19名の皆さんに心からお悔やみを申し上げたい。また19名の皆さんのご家族にも、心からのお悔やみをお伝えしたい。そして重軽症を負った皆さんが、心身ともに回復に向かっていてほしいと願うばかりだ。
もう10年が経ったのだと思う。あの日のことは、昨年の当ブログに書いたので、繰り返さない。衝撃的な朝だった。
https://go2senkyo.com/seijika/67722/posts/1165677
犯人の植松死刑囚は、現在もなお犯行を正当化する発言を続けているという。死刑囚となると、接触できる人が限られる。それゆえに、植松死刑囚と対話し、彼が自分の考えを客観的に見つめる機会を失っていることが残念だ。
あの事件から10年。知的障害、特に重度の知的障害をもつ人たちの環境は、どう変わっただろうか?この事件によって、変わった部分もあるが、まだまだ社会の変化のスピードは遅い気がする。
7月26日の朝日新聞に、国立重度知的障害者総合施設のぞみ園の理事の方のコメントが載っていた。私は、政策秘書の頃、こののぞみ園の職員の皆さんと何度も話をし、教えられてきた。
大切なのは、自己決定である。
日本の社会は、知的障がい者の自己決定の機会を奪ってきた。記事で、のぞみ園で暮らす重度の知的障がい者の皆さんも、自己決定が尊重され、地域移行が進む方向へ変わってきたという。それは本当に大きなことだ。
重度の知的障がいをもつ人たちは、その多くが、保護者が、その意思を「代弁」してきたというのが、これまでだった。確かに、家族には「こういう時に、こういう意思の表し方をする」ということがわかっていることがある。しかし、それでも、本人に意思確認することが重要だ。そして、それを可能にするのが、優れた支援者の存在である。そういった優れた支援者の実践が、個人の技に留まるのではなく、他の支援者、特に経験の浅い支援者と広く経験を交換しあいながら、実践を磨いていく環境をつくることに、もっと行政が力を入れるべきではないだろうか。
昨年のブログに書いたように、支援者によって障がいは重くも軽くもなる。教育の現場も似ている。人と人が関わり合う中で起きるケミカル(化学反応)は、大きな可能性をもちうる。支援者の仕事は確かに大変だけれど、支援者は、毎日の支援の中で起きる、そのケミカルから引き起こされる喜びや驚きによって支えられているのではないかと思う。
「障がい」ということばかりに目がいくのではなく、もっとシンプルに、喜怒哀楽をもつ人と人どうしの関係、コミュニケーションができるインクルーシブな社会をつくるためには、生まれた時から暮らす社会の中で、お互いに知り合い、お互いに学び合うことが大切だと思っている。
しかし、流山市の現状をみても課題は大きい。もっと市長や職員が障がい者や支援者とコミュニケーションや議論を重ねて、できることを一つでも多く実行していく必要があるだろう。
障がいをもつ人たちの意見表明の機会を確保し、支援者の研修に力を入れ、気持ちいい環境を実現している実践団体から学び、その学びを地域の皆さんに広げる。行政ができること、しなければならないことはまだまだたくさんある。


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