流山市自ら「負け組郊外都市だった」と語るとは!流山市はそんなもんじゃない!!

まちづくり

9月1日号の広報ながれやまの「講座・講演」欄に、こんな原稿がある。

「魅力的なまちを創る弱者の戦略 流山市はなぜ、選ばれ続けるのか」井崎市長を講師に迎え、負け組郊外都市だった流山が、どのようにして勝ち組都市に変貌したか、一貫したビジョンとマーケティング戦略について学びます。

は?

井崎市長を講師とした講演会を開催するという。しかし、「負け組郊外都市だった流山」って、何のこと!?

●負け組都市/勝ち組都市とは何か?

都市について「勝ち」「負け」とは何なのか、全くわからない。

人口増加率が高ければ「勝ち」なのか?

人口が減少していれば「負け」なのか?

税収入が多ければ「勝ち」なのか?

人口が増えているのに、お金がない、お金がないと言っている流山市は「勝ち組都市」なのか?

全く理解に苦しむ。

人が暮らす街は、歴史、文化、食・農林水産業、工芸品、教育、営み、そして何より人びとの姿、言葉など、さまざまな物語を含む総体をさすと思う。それは決して「お金」や「数」だけでは測れないものでだ。その複雑な存在、故にその街が発する面白さや魅力を「勝ち」「負け」で「単純にとらえる思考」は「下品極まりない」。そういう発想には、知性を全く感じない。そういう発言に、私は恥ずかしさを感じる。

流山市より人口が少ない街で、素晴らしい行事や素晴らしいコミュニティをつくっている街はたくさんある。我が家も、長野、山梨、島根、富山など、お気に入りの街がある。どこも素敵な街。個性、歴史、深みがある。もちろん、いつも心が向かう海外の都市もある。

●行政が行うマーケティングとは?

以前、一度だけ、井崎市長が民放のテレビ番組に出演された番組をたまたま見た時のことを思い出した。井崎市長は「全国で初めてマーケティング課をつくったんです。そして、今も唯一なんです。」といった旨の発言をされていた。

私は、その時、思ったものだ。「素晴らしいものなら、なぜ全国の自治体に広がらないのか?」

自治体は、「公(おおやけ)」の存在である。以前にも書いたので、読んでいただいた方には繰り返しになるが、自治体とは「公」の存在であり、民間のように、何かに集中したり、何かだけをやって成果を出したと誇る存在ではない。

「公平さ」が重要なのだ。

他の、自治体は、それをちゃんとわかっている。そして、「公」の存在であることを誇りに仕事をしている。だから、マーケティング課などいらない。存在してはならない。

もちろん、多くの市民の意見や要望を聞くことは重要な仕事だ。しかし、流山市という自治体が、市長と関係ある企業や市長の取り巻きなどと、「自分たち」がやりたいことを、あたかも市民が要望しているかのようなデータを集めて、税金を使うことの口実に使うようなことは厳に許されない。

データなど、いくらでも「つくれる」。あたかもボトムアップのような形をしながら、実は、トップダウンで行われていく。だから、できたものも中途半端。21万人都市なら、もっと大きな体育館やもっと充実した図書館を有している都市はいくらでもある。なのに、なぜ、ここまで中途半端な大きさ、機能のものに留まっているのか?

私たち市民の側が見抜く必要がある。

●流山の良さはどこにあるのか?

流山は、江戸時代の賑わいを始め、面白い歴史が見つかる街である。

流山本町の歴史。なかなか面白い。江戸川の水運と繁栄、東葛地域の中心拠点でもあった流山。白みりんはもっと評価されるべき「本物の産物」だ。流鉄線は、流山のシンボルだ!

以前、ブログにも書いたが、赤城神社のしめ縄づくり。地元の男性、女性、子どもたち、みんなが力を合わせてつくっていく姿は本当に面白い。私は、南流山在住で部外者なので、手伝わない。しかし、みているだけで面白い。ここにはコミュニティがあって、それぞれがそれぞれの役割を果たしながら、あの大きなしめ縄を作り、くくりつけていく。この繋がりが、いざという時を助けるのだと思う。

また赤城神社ツアーの際に見せてもらった。赤城神社本殿内の彫刻の素晴らしさ!ほとんどの方が見たことはないかもしれない。残念!これもまた、江戸時代の流山の栄華なくして存在しえない宝物。

運河もまた、話を聞くと非常に興味深い。あれだけの運河を、あの当時、公的な予算ではなく市民の力で作り上げたという。当時の流山経済人たちの自負と知恵を感じる。負けられないと思う。

流山市は、おおたかの森地区だけではない。

それぞれの地区に、それぞれの地区の良さがあり、人々の歴史があり、活動がある。それは、どの地区が「勝つ」とか「負ける」ではない。

流山市長とは、その地区その地区の特徴、歴史、活動(商工業具含めて)、人、それぞれの良さ・魅力をしっかりと引き出しながら、互いに交流し合い、刺激し合いながら、さらに流山市全体を発展させることができるリーダーであるべきだろう。

今回の広報ながれやまの記述(もちろん、チェックが入ったものだと思いますが・・・)は、この流山市で長く暮らし、流山市を支えてきた人たちを傷つけるものだ。受け入れられない。

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