前回書いた、富山市の人口水増し問題、今日、富山市役所への家宅捜査が行われたようだ。
さて、第2次高市内閣で農林水産大臣に就任した簗和生大臣の発言が問われている。今年の5月、自民党関係者との懇親会で出た、自らの選挙区・栃木3区での「選挙総括」とした簗議員の発言内容である。
音声データを下野新聞が無料で公開しているので添付する。

簗氏が①自分の票数が少なかった自治体②首長が自分の選挙をしっかりやらなかった、といった理由で、票が出なかった那須鳥山市と那珂川町における令和8年度の道路予算を大幅にカットさせたという。那須鳥山市は前年度の64%減(約3分の1)、那珂川町は54%減となっているようだ。
これは恫喝だ。
一方で、「必要だから予算を配分する」べき(はず)なのに、国会議員の圧力で、ここまで変更する国土交通省も国土交通省だ。国会運営をスムーズにしたいためのバーターの側面があるのだろう。
省庁に圧力をかけて予算を多く取ったり、予算を削減させたり、それが議員の仕事だと思っているのだろう。確かに、その事業がどうしても必要な時、予算を確保することは、議員の仕事でもあるだろう。しかし、予算減額の理由が、「自分への票が少なかったから」「自分の当選のために動かなかったから」という「恨み」だというのは、議員の役割を履き違えている。選挙区、日本、世界のために働くのではなく、自分が議員であるためという、自分のための判断で行動している。
しかし、これは簗大臣だけの話だろうか?他の自民党議員、与党議員はどうか?それだけでなく、自治体でも同じようなことが起きてはいないだろうか?
「この条例を採択しないなら、あなたの要望は実現させない。」
「この条例に反対するなら、次の選挙の結果はわかっているな。」
とか。
執行状況や予算や条例等の内容を精査検討し、意見し、ダメなものはダメと不採択にするという当たり前の議員活動が、脅かされるような事態があるのではないか。あったとしたら、由々しき問題である。
そういうことをしていたから、日本の不合理な歪んだ現状が、あちらこちらにあるのではないか。
議員も、行政も、正々堂々、しっかりとした議論を闘わせながら(議論を楽しみながら!)、より良いものへと変えていく。恫喝や嫌がらせ、バーターではない行政運営を実行するべきではないか。
きれいごとだろうか?
しかし、ここで真剣に自治体から始まって国に至るまで、その政治風土、行政風土を変えていかなければ、合理的な判断と実行は、今後もできないままになってしまう。一部の首長や議員に近い者だけのための不合理で歪んだ決定に税金が投入され続けることになる。
そんな「余裕」が、この国にあるのか?
政策決定過程の透明化や情報公開によって、市民や議員、メディアからのチェックを受けながら、合理的に事業を計画、決定、実行する行政運営をやっていかなければならないと思う。
今回発覚した簗大臣の発言や行動を、この国の政治過程、政治風土の改変につなげていかなくてはならない。



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