私は、政策秘書だった頃、中国残留孤児2世、3世への支援を求める集会で、当事者の方から、満州開拓団が日本に帰国する時の様子を聞いたことがある。
まず、帰国する順番があった。満鉄職員や警察官などの家族たちが鉄道で南下していった。しかし、満州開拓団の人たちは、その土地にとどめられた。そして、彼らが帰国の意を決した頃には、鉄道や橋は破壊されていた。
開拓団ごとに、集団自決をしたことをはご存じだろう。これまで書いてきたように分村移民だった。自治体単位で開拓団を形成しており、その長の判断で子どもを含めて集団自決が起きた。多くの開拓団が集団自決をした。一方、開拓団で帰国することを決めた人たちは、昼には移動できない。満人たち、日本人を敵視する人たちの攻撃があるからだ。開拓団は、夜、移動する。
忘れられないのは、赤ちゃんが泣くというのだ。当然だ。赤ちゃんは泣く。しかし、赤ちゃんが泣いて、満人たちに気づかれると、開拓団みんなの安全が危ぶまれる。一生懸命、泣かないようにと口を押さえていて、静かになったと思ったら、赤ちゃんは死んでいたという。泣き泣き、その場に穴を掘って、亡骸を埋め、開拓団はまた移動していった、という。
同じ女性として、これほどの地獄があるのだろうかと思った。これは珍しいことではない。どこにでもあったことだと、彼女は語った。鉄道や橋を日本軍が破壊したため、農民たちは逃げる手段を失った。農民たちを捨てていった。だからこそ、「棄民」であったと言われる理由である。
私の幼馴染のお祖父さんは、満州で警察官だった。お祖父さんは、とても優しい人で、夏休みに、幼馴染3人は、お祖父さんのお宅に泊まらせてもらい、お揃いの白いスカートを買ってもらい、近くの川に行って川遊びをしたものだ。今でも、その楽しさを思い出す。そのお宅は、お祖母さんを本当に本当に大切にしていらっしゃった。確かに、警察官の妻なので、鉄道で移動できたであろう。しかし、両手と背中に子どもを背負って、大量に作ったおむすびだったか、団子だったかを体に巻き付け、それを少しずつ少しずつ少しずつ、子ども達に食べさせながら、兄弟全員を帰国させてくれた。それはお祖母さんのおかげだからと話しておられた。
お祖母さんはすごい。私もそんな強さをもった母親になりたいとも思った。しかし、農民達は、それすら許されないような過酷な状況だったということを忘れてはいけない。この国が、農民達をどう扱ってきたのかを示してもいる。だからこそ、連れて帰ることができず、また信頼する中国人に、子どもを託す人も出てきたのだ。
私が幼い頃、ある時期になると、NHKで、中国人残留孤児の方で来日した方が、家族を探すために、自分の情報などを知らせる番組があったことを思い出す。若い方は、知らないだろう。私は、まだ小学生とか、そんな年齢で、ただひたすら延々とつづく番組を見ていたが、その内容を聞くのは辛かったのを思い出す。どの人も、涙ながらに、お母さん、お父さんに一度でいいから会いたいと訴えていた。その後、家族と再会できた人もいれば、再会できず中国に帰国する人もいた。その涙。70年代。あの頃はまだ、戦争の傷跡が社会の中に見えていた。
それを知らない若い世代の人たちには、どうか事実を知ってほしい。きちんと研究した、真っ当な歴史家や研究者が調べた事実を学んでほしい。「セレクトされた」または「変更された」歴史ではなく。誰が言っているのか、誰が書いているのかという判断は極めて重要だと指摘したい。
日本は、かつて周辺諸国を侵略した。なぜ、侵略しなければならなかったのだろうか。
その侵略は、どんな綺麗な言葉を使っても、極めて差別的、搾取的、非人道的支配であった。
周辺諸国だけでなく、日本国内における日本国民や植民地出身者に対して、弾圧、拷問、犠牲を強いた。空襲、原爆などで多くの市民が犠牲になった。兵士も、人間ではなく武器となって「特攻」という死なせ方をし、サイパン島、硫黄島や沖縄など生存が絶望的な場所に、戦略的な思考もないまま、兵士たちは人間ではなく駒として配置され、その命と引き換えに戦わされた。そして、日本国民は、確かに自らの家族を失い、生活や生命を犠牲にもしたが、一方で戦争を支持し協力した加害者でもあった。
これは変えようのない事実だ。
松戸の本屋さんBread&Rosesの店主、鈴木さんが、最後に話した言葉が残っている。
「私たちの加害をどう乗り越えるのか。」
その通りだと思う。これが、今を生きる私たちへの大きな課題だ。
残念ながら、どの国にも、見たくない歴史上の傷がある。日本だけではない。そして、日本もまた、例外ではなく、見たくない歴史の傷をもっている。それを事実とはかけ離れた「綺麗なものに解釈」して、それを歴史の事実とするような弱い人がするようなことをしてはならない。
私たちは、過去に、この国が負う歴史を背負って生きていく。もちろん、素晴らしい文化や歴史も背負っている。しかし、様々な非人間的、非知性的な蛮行の数々を含め、またそれを可能にした日本の組織的な問題や大本営の理解し難い判断の誤りの数々を知り、それを受け止めながら、絶対にそれを繰り返さないという歴史観、倫理観、知性をもった国民になる必要がある。
そのために、私は、意識的に、息子と様々なところへ一緒に行き、見て話し、彼の意見を聞いている。そして、自ら事実を求め、良いも悪いも起きた事実を客観視しながら、内的倫理に照らして判断できる、強い大人に成長してほしいと思う。それこそが、自分を守る力になると思うからだ。
コメント