今日の流山市は、久しぶりに気温も低く、風もあり、過ごしやすい一日だった。熊本の皆さんのことを考えると、代われないものかと思うほどだった。
今日は、有難いことに、私の政策を聞いてくださるという皆さんの集まりがあり、私の政策についてお伝えしてきた。参加者の皆さんからの意見や情報は、非常に重要で、大変勉強になった。
ご参加いただいた皆さん、ありがとうございます!
選挙は、もちろん「日頃、お世話になった」ことも大切だろう。しかし、それぞれの候補者の「政策」をきちんと判断し、「どのような流山市をつくろうと考えているのか」、「それを断行する胆力はあるのか」、という点を有権者の皆さんがしっかりと考え判断することが、今後の流山市、そして私たちの生活に直結すると考える。
さて、そんな会場に向けて、いつものように自転車で走っていた。宮園の住宅街の一角を走っていると、高齢の女性が、道に座って、道路際の雑草をとってくださっていた。
ありがたい!!!
時間厳守のために、自転車を降りて会話することができなったが、「ありがとうございます!」
「おはようございます。」
というシンプルな会話とお互いの笑顔で、私の気持ちを少しは伝えられた気がする。
私は、前回の選挙の時「道路に穴だらけ雑草だらけ」の流山市の道路環境を何とかしたいと訴えた。自転車や歩くことが多いので、とても気になっている。それを一部の地域だけでなく、流山市内「全体の」道路を「公平に」改善する必要があると思っている。
流山市は、確かに業者さんに道路の雑草除去をお願いしているし、暑い中で、作業をしてくださっている姿も知っている。ただ、お願いする回数はかなり少ないのではないか。確かに、雑草はとってもとっても出てくるのだが。
私は、幼い頃から官舎で暮らしてきたので、みんなで日時を決めて、家族総出で官舎周辺を含めて、雑草とりや溝掃除をしている大人たちの姿を見て育ったし、自分も手伝わされた。それが当然の環境で育った。
今でも覚えているのは、「子どもたちに!」と、若かった父たちが、許可をもらって、丸太を自分たちで調達して、官舎内に砂場を作ってくれた。その後、大学生になってからだったか、あの懐かしい場所に戻ったことがあるが、砂場はもう無くなって駐車場になっていた。
「いい時代だったんだな」と思う。
うちの父は、社交的なことが嫌いな人だったから、お付き合いは少なかったが、亡くなるまで、お互いのことを気にかけていた。あの当時の、確かな思い出があるからだろう。
確かに税金を払っているのだから、市が雑草を取るのは当然だという意見もあるだろう。
先日、放置されて気になっていたマンション内の雑草を同じマンションに住む友人と一緒にとった。正直、数日間、本当に足や腰が半端なく痛かった!一緒に活動してくれた友人に感謝!!!やるとやっぱり気持ちいい。
しかし、もし、それぞれの居住地内だけでなく、周辺、例えば、お店や自分の家やマンションが面する道路だけでも雑草を取ることができれば、流山市内の雑草が生い茂り、殺伐とした雰囲気は、かなり変わるのではないか。近所で、それをしているお店があることも知っている。
この暑さの中で、私が住むマンション前の街路樹である「つつじ」が枯れている。ここだけではない。枯れた木はそのままになっている。
流山市が、何でもかんでもボランティアに頼るのはいかがなものかと思うが、一方で私たち自身も、自分たちが気持ちよく暮らす街であるために、何ができるのかを考え、できる範囲でいいから実行することも大切だ。
あの女性の姿が教えてくれた。


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