ここ6日間、ブログを書くことができなかった。「ほぼ毎日」と言いながら、すみません。
あまり個人的なことを書くのは苦手だが、高校3年生の息子の学年中間テストが終わって、気持ちが切り替わらない。今やっと、自分の「スペース(時間と余裕)」ができた。我が家は、中学入学以来、定期テストはほとんど他の皆さんの大学入試のような状態。よって打ち上げしないとすまない(笑)。その定期テストも、これであと1回となる。少し寂しくも感じる。
この大きなテストが9月上旬にあるため、この3年間、8月はあまり精神的にリラックスできない。その学年中間テストが終わった。今回ほど疲れたことはないほど疲れた。珍しく本当に疲れた。(しつこい。)
世の中は、偏見で見てくる。私のように健常児として生きてきた子どもたちは、できなくても「できるでしょ?できるでしょ?」と言われて大きくなる。それはそれで辛い時もあるのだが、障がいをもつ子どもたちは「できないしょ?できないでしょ?」と世の中から言われて育つ(時には、無言の圧力で。)。教育委員会も、学校も然り。だからこそ、「支援級へ移ってはどうか」と平気で言ってくる。小学校1年生の時に、それを言ってきた教頭先生の言うとおりにしていたら、「今の息子はいなかった」。断言できる。私は、そこに徹底的に抵抗した。あの時の自分を「あっぱれ!」と褒めてあげたいくらいだ。
私は政令の存在を知っていた。民主党政権時代の最後に、ある文部科学副大臣が最後にやり切った大仕事の政令。普通級か、支援級(支援学校)かを決める際には、子ども及びその保護者の意思が尊重されると明記した政令。その最後のチェックをしたのが、誰でもない私自身だったからだ。
こういう抵抗を誰にでもできたとは思えない。学校の主張を撥ね返すだけの説明ができなくてはならない。私は、教頭先生に、当時、自分が政策秘書だったことも、あの政令を最後に私がチェックし、副大臣秘書官が「文字通り」急ぎ走って持って行った時の様子も話すことはない。しかし、私自身は、その政令の存在に励まされ、自信をもって抵抗することができた。そいういう政令をつくること。それこそが政治の本当であり、議員の仕事だ。しかし、それを他の母親たちが、父親たちが、どれだけ知っているだろうか?跳ね返せるだろうか?そんな現状がいいわけない。
息子が小学校1年生に入学して、毎日学校から電話があった。「今日は、こんなことがありました。」「今日は、こんなことがありました。」もちろん、いい内容ではない。いい内容を言われたことは一度もなかった。それを毎日、毎日、毎日、1日も欠かさず電話を受けた。そして、頭を下げる。
入学前に「学校として最大の支援をします。」と言ってもらった校長先生が選んだのは、新任の先生だった。その先生と話していると、私の印象では「言わされている」感じがした。担任の先生自身は報告したいとは思っていないのに、誰かから「親に電話しろ」と言われているのではないかという「印象」をもった。普通の人なら、心が折れていたと思う。家族と一緒の時に、そんな行動はとらないのに、なぜ?本当か?とも思った。私は、最後に「先生、息子になぜそういう喧嘩になったのか、理由を聞かれましたか?原因は何だったのでしょうか?」と聞いたところ、先生は「答えられなかった」。そして、それから電話は一度もなくなった。なぜ?
実は、この話を2年ほど前、子育て中の女性たちの集まりでたまたま話したところ、「実は、私の子どもも障がいがあって普通級なのですが、私も同じことがありました。毎日、毎日、学校から電話があるんです。」という話を聞いて絶句した。今もなお行われているのか!心折れることなく頑張っている彼女に、すごい!心からの敬意をもった。これは親への「嫌がらせ」であり「いじめ」だ。こんなやり方が許されてはならない。なぜなら、このようなやり方は、真の解決に全くつながらないからだ。
何度か、息子が「叩いた」とかいろいろで、連絡網があった時代、謝りの電話をしたり手紙を書いたりもした。厳しいことを言う方もいらっしゃった一方で、「〇〇君(息子)がそういうことをするということは、うちの息子も悪かったんだと思う。」と言ってくれたお母さんがいた。「有難い」ではなく、「この人すごい」と思った。私が反対の立場で、それは言えないだろうなと。私は、そんなお母さんたちに支えられた。その彼女とは、海外に行ってしまった今でも、連絡を取り合っている。
一方で、フェアでありたいので、このこともお伝えしたい。そういう教頭先生がいた一方で、担任の先生には、ある担任の先生の休職に伴う代行の担任以外、全ての先生に恵まれた。高校に入学が決まった時に、中学校とともに、小学校にもご報告に行ってきた。小学校は、知っている先生は、もうほとんどいらっしゃらなかったが、担任だった先生の一人がいらっしゃって、息子の高校合格を聞いて泣いて喜んでくださった。その先生は、漢字なども細かく指導され、誰に対しても公平に厳しい、素晴らしい先生だった。100点を取った書取りテストに「がんばったね!」と書いてもらったテスト用紙は、今も机の前に貼ってあって、お守りみたいになっている。有難い。本当に担任の先生方には、感謝しかない。他にも、先生方の顔が浮かぶほど、どの先生についてもご紹介したいくらい、素晴らしい先生方だった。
もう一つ。私は、子どもの小学校入学時に教頭先生から「お母さん、毎日朝だけでも教室に付き添えますか?」と聞かれたので、「できます」と答えた。当時、仕事を辞めていたので。子どもの自立のために登校班に付き添うことはしない。しかし、別ルートで学校に行って、朝の準備などの時間、朝の朝礼が終わるまで教室にいた。読み聞かせも6年間続けた。なので、「学校の朝に起きていること」を私はよく知っている。それは私にとって大きな学びだった。
しかし、一方で、そのため復職することは叶わなかった。息子は保育園でみんなと育っているので、教頭先生は「できない」と思ったのかもしれないが、朝の準備くらいできる。私は何もすることがなかったけれど、学校から言われたので教室にいた。手伝ったことは最初1度だけ、どうするかを伝えたくらいだった。息子については、何もやることがなかった一方で、他のお子さんのお手伝いはいろいろした。その子たちも、今では立派なしっかりした青年に育っている。子どもなんて、そんなものだ。
しかし、小学校5年生になっても学校から何も言われない。さすがに私も「本当に」することがない。いる意味が全くない。そこまで確認しなかった私も私かもしれないが、担任の先生に「まだ学校に来る必要がありますか?」と確認したところ、驚かれた。「『お母さんが』来たいんじゃないですか?そう聞いていますが。」とのこと。ぶったまげた。学びの多かった小学校の朝ではあったが、そこで学校に通うことを終わりにした。とはいえ、「こういう『すり替え』を平気でするんだな」というのが私の感想だ。
なぜ、こういうことが罷り通るのか?それは現場だけでなく、リーダー、つまり、私は「市長や教育長のレベル」の問題だと思っている。「点検」をきちんとする。子どもの立場から、保護者の立場から、「点検」をきちんとできるのは、市長や教育長だけだ。市長や教育長が、ご自分の挨拶のために学校に来ても、本気で、子どもたち、保護者たちの置かれた状況を確認し、改善させる仕事のためにどれだけ学校に来たか。それができていないから、こんな前近代的で陰湿なやり方がまかり通るのだ。私が「経験してきた」流山市の教育は、このようなものだった。流山市が宣伝する教育の姿とは全く違う。
私は、だから、こういう流山市の教育の現場を変えていきたい。私のような大変な思いを保護者たちにさせたくない。そのために、教育、学校の「質」を上げたいと思っている。子どもたち、保護者、先生たちと一緒に「本当にこれでいいのか?」を問いかけ、対話しながら、共に悩みながら、お互いが納得のいく、新しい学校のあり方をつくっていきたいと思っている。


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