本当に気持ちのいい秋晴れの三連休だった。皆さん、いかがお過ごしだっただろうか。こんな晴れの日は、お弁当でももって、自転車乗りに行くのが我が家の通例だが、受験生のいる我が家。無し無し(笑)!シーツやラグなどをひたすら大量に洗濯し、少しスッキリできた。
12日は、ふるまぎ里山ミュージアムを実現させる会主催の映画「人生フルーツ」を観てきた。
この映画の主人公は、建築家・津端修一さんと妻の英子さんの二人。修一さんが手がけた愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウン。「風の都通る暮らし」など、津端さんが先進的な設計をしていたニュータウンは、経済重視の中、無機質な大規模な団地となってしまう。
津端夫妻は、高蔵寺ニュータウンの一角に土地を購入し、恩師であるアントニン・レーモンドの自宅に倣った素敵な家を建設。その庭では、雑木林や畑をつくり、豊な自然を「コツコツ、ゆっくり、自分たちでやる」をモットーに創り上げていった。ニュータウン裏の禿山も、家族を中心に地域を巻き込み、ドングリを万の単位で植えて、緑の山を取り戻した。季節ごとの果実や野菜を自分たちでつくり、料理し、楽しむ二人の姿を描いたドキュメンタリー映画だ。
お二人の夫婦としての関係性、穏やかさ、ユーモア、意思の強さ、季節を楽しみ、食を楽しむ姿に、心揺さぶられる思いだった。涙が止まらなかった。
流山市は、ご承知の通り、これまで引き継いできた自然がどんどん失われていっている。飛地山も、豊な木々の山だったが、その山は削られ、大きなマンションに変貌していっている。地域各所にあった森も住宅になった。思井の森は先日から道路など区画を整理するのだろうか、工事が入っている。
思井の森は、なんとか保存してほしい。流山市は、地権者と協定を結んだと聞いたが、工事のやり方を見ていると、本当に「残念な状態」だ。
実は、2年前、息子が高校の美術の課題で、思井の森と道を描いた。この思井の森のゆったりと曲がった道が私も大好きだった。息子は、連れ合いと共に、夏の暑い日、日焼け止めをつけ忘れたため、まさに真っ赤になりながら、絵を描いた。その絵の風景が失われてしまう。
「私たちは、『流山が引き継いでもっている魅力』をもっと大切にした方がいい。」
と思うことがある。この曲がりくねった道もそうだ。まっすぐな道だけではつまらない!じゃないか。

何かアメリカ的な大きな道、まっすぐな道、区画整理されブロック化された土地、大量の住宅。もちろん、そういった開発の地域があってもいい。
しかし、今やどんどん失われている豊な自然の森、林、昔ながらの道、舗装されていない道、田畑・・・そういった、これまで流山市が代々受け継いできた土地の姿もまた大切に引き継いでいってはどうだろうか?
私は、区画整理された土地だけでなく、そういった昔ながらの土地も流山市に暮らす私たちにとって「宝」であり、またそれを守っていくことを大切にしたい。



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